証券会社へ

 初めて株を買った証券会社は、我が家から電車で数十分の中堅都市にある支店でした。かつて父親が少しだけ取引をしていたと聞かされていた会社です。ただ入り口は銀行と違ってひじょうに入りにくい印象でした。

 当時は30代で、自由になるお金は乏しく、馬鹿にされるのではという不安もありました。店内には相場師と思われるおじさんが、株価ボードをにらみながら売り買いをしているのかなという、かなり昔のイメージを描いていました。

 しかし店の前でうろうろしていると、なんだか余計に変だと思い、勇気を出して、ドキドキしながら数十万円のお金を握りしめて、入り口に向かいます。いよいよこれから相場デビューだという高揚感と、自分みたいな若造がという卑下する気持ちと、こんな少額の資金で大丈夫かという不安とが入り交じった気持ちです。

 自動ドアがスーッと開くと、そこには各種のパンフレットが置かれていて、さらに内部にもう一つドアがありました。二つめのドアをくぐると、左側がカウンターで右側に株価のボードがあり、赤や緑のランプが「ようこそ、いらっしゃいました」というように瞬いています。

 「ふ~ん、こんな感じなんだ」としばらくそのボードを眺め、なるほど今日はこの銘柄の株価が上がったか、自分が買おうと持っている銘柄はどうかな、なんて考えながらボードを観察。

 しかし銘柄を所持しているわけでもないので、3分もすれば飽きてしまいます。恐る恐るカウンターに向かいます。

 カウンターで待っていたのは、拍子抜けするほど若いお姉さん。まあカウンターに相場師が座っているわけではないと思いますが、株式購入と相場師の売った買ったというイメージが密接に結びついています。

 当たり前ですが、周囲にいるお客さんもきちんと背広を着ていたりして、ヨレヨレの服で札束を握りしめてああだこうだと相談しているような輩は一人もいません。

 カウンターの向こう側にすわっている、うら若きお姉さんに、ドキドキしながら、恐る恐る?「株式を購入したいんですけど・・・」と切り出します。

 受付のお姉さんは、にっこり笑って、「それでは最初に口座開設の手続きをしましょう」と言い、さまざまな書類を記入。口座管理手数料という、なんだか訳の分からない手数料を3000円ほど支払い、無事口座開設。

 (ちなみにこの頃はまだネットも発達していない時期ですから、事前に口座開設についての知識を仕入れる方法も書籍以外にありませんでした)

 で次は、「何か、購入したいのものがありますか?」という質問です。購入したいから証券会社を訪れたわけですが、「こんな銘柄はどうでしょうか?」というお勧めがあるのかな、と予想していたので、この問いかけは意外でした。

 そこで雑誌で得た知識を駆使して選定した銘柄を示しても良かったのですが、それじゃあ余りに主体性がないじゃないかという妙な見栄もあって、「この銘柄はどうなんでしょうか?」と私が提示した銘柄は、故人である父親の仕事に関連していた会社でした。

 数ある会社の中からどのように銘柄を選択するのか。もちろん業績やチャートや評判や新製品情報などを駆使するわけですが、それらの情報もまたたくさんあり、とてもじゃありませんが数千社の中から一つの会社を、確信を持って選ぶなんて事は出来ません。

 というわけで、どうしてもそれまでの人生で、自分に縁のあった銘柄や日頃目にする会社、メディアで良く登場する会社を選ぶことになるわけです。